エアコンでよく冷やされていた産婦人科の待ち合い室を出て外に踏み出すと、日傘を差していてすら身体中をぼうっと包み込んでくるような暑さにくらくらした。蒼ちゃんにも誰にも話さないまま中絶することにしたあたしはその手術を五日後に行ってもらうように決めてきたところだった。日帰りで可能で手術そのものは十分程度で終わると話す女医の語り口は淡々としていて、あたしはすごくたいそれたことをしているようで怯えた顔つきをしていなければいけない気がしていたのにそっちの方がおかしなことで、あたしもこのことを事務的にこなさないといけないんだろうかという気にさせられた。命はさじ加減でえいやって決められる。適当に受精して適当に堕胎される適当に事務的に正確に。オタマジャクシのように海を泳いで結びついて二十年生きてきたあたしが蒼ちゃんとえいやって作った命をひとりでえいやって殺す。不思議だ。あたしはあたしを殺せないのにあたしの中の命なら殺せる。お腹を撫でながら歩くけれどそこは膨らんでいなくてぺったんでこの中には子宮とか腎臓とかがあるだけでそこに命が浮いているようにはあまり感じられなかった。ぷかぷかぷかあたしだって宙を浮いて歩いている。下宿先の近所にも産婦人科はあったけれどなんとなく大学の人なんかに会ったりしたら嫌で初めて降りる駅にある産婦人科に行ったのだけど帰り道を歩いていて駅の前まで戻ってきて、でも蒼ちゃんが待っている家に帰りたくなかった。駅前にはベンチが並んでいてそのうちの誰も座っていないところに腰をおろす。あたしと蒼ちゃんはかわりばんこに夕食を作るのだけど今日は蒼ちゃんの日で、野菜を大きく切ってソースをたっぷりかけた焼きそばだとかそういう男飯を作ってあたしを待っていてくれるんだろう。見渡すとその駅の周辺は結構栄えていてある方向には商店街があり、またある方向には銀行やらチェーンの食べ物屋やら大きなビルが立ち並んでいた。中絶手術を行ってからまた一週間後に検診のために来てもらわないといけないとあの女医は言っていて、あたしはまだ何回かこの駅を訪れないといけないのだけどそれが終わればもうここで下車することはないのだろう。見知らぬビル群を眺めながらお金をどうしようと考える。中絶費用は十二万円で、仕送りに加えて大学の図書館で週に何回かのアルバイトをしてもらえるお金でほどほどに生活を回していたから貯金なんぞはなくて五万円ぐらいが足りなかった。蒼ちゃんや颯介や親かに借りるにしても五万円を借りる口実が思いつかなかった。旅行にしたって留学にしたって自動車免許取得にしたってバレてしまう。俯いて自分の足と地面だけを視界に入れて途方にくれる。とそのとき紳士物の靴が近づいてきて、「すみません。とても失礼なことなんですが。」と言う声が聞こえた。顔を上げると高級そうなスーツを纏った中年の紳士があたしを見ていて、いつの間にか服が泥だらけとかあたしに何か変なものがついているのだろうかと焦ると、「今から一発五万円で相手をしてもらえませんか。」と口にされた。へ?呆気に取られてその紳士の口元を見つめたけれどそれは紛れもなくその紳士が発した声であって、でも髪の毛もぱりっと整えた上品そうな男性がそんなことを言うなんてちょっと信じられなかった。というか紳士はエスパーであたしの心を読めるのかと不思議にすらなる。「は、どこで。」尋ねると紳士は意外そうな顔をして、「この辺りはそういうホテルはいくらでもありますよ。」と答えた。
部屋に入ると紳士はシャワーを浴びてこさせて、バスタオルだけを巻いたあたしをひんむいてベッドに仰向けにさせて悪夢のように丁寧にあたしの全身を舐めた。乳首の先だけを後にとっておいてその周囲だけをしつこく舐める彼は巨大なヘビとかイグアナのようだった。「可愛らしいお嬢さんを舐めると興奮してしまって。」「気持ち悪くしてすみません。もうしばらく我慢していてくださいね。」「やっぱり素人のお嬢さんは汚れがない感じが良いなあ。」と紳士はときどき

足も腕も首もお腹も胸も紳士が舌を這わせるので唾液の臭いがまとわりついてたまらなく気持ち悪くて、目を瞑ると余計に嗅覚が鋭敏になるようで